三木金物鷲(かなものわし) HISTORICAL LIBRAY = 三木工業協同組合青年部 =
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三木金物鷲の歴史

  三木金物のシンボルの金物鷲、その起源は昭和8年にさかのぼる。
  昭和7年に三木町(現三木市)が大水害に見舞われ、美嚢川も氾濫し大きな被害をうけました。
  昭和8年に町が水害による町民の沈んだ気運を盛り上げる為に、地区、個人から色んなアイデアを募集し、その中に神町から金物鷲(当時の呼び名は不明)の提案があったと伝えられています。三木音頭、三木小唄の起源もその頃とされています。

  そして昭和27年、三木金物見本市(のちの金物振興展、現在の金物まつり)において包丁鍛冶の鈴木信次氏(三寿ゞ刃物製作所)を中心に卸組合、兵庫県工業技術センターの技術者により昭和8年のモデルを基に初代金物鷲が製作されました。
  見本市は昭和27年10月15日から5日間、三樹小学校講堂をメイン会場として開催され、当時のお金で150万円を投じた大掛かりなものでした。
  商社、メーカー88軒から出品された三木金物は創意工夫された飾りつけで展示され、中でも正面舞台に飾られた金物鷲は、そのあまりにもの美しさに見物客をうならせたそうです。北海道から九州までの金物業者452人を招待し、金物見本市、三木の秋祭り、松茸山での松茸狩り、松茸料理で山の宴は三木の情緒をふんだんに味わっていただき、昼間は打ち上げ花火、夜は仕掛け花火と秋祭りの屋台太鼓の乱舞のうちに商談も順調に進んだと記されてます(1977三木商工名鑑より)。

  その後2回程改良され、今の形(三代目)になったのは昭和34年とされいます。又、昭和47年にはニューヨーク・ナショナル・ハードウェアーショーにて金物鷲が初めて海外で披露されました。
  昭和天皇もご覧になられた金物鷲も、現在では、東京・大阪でのDIYショウにもその雄姿を披露し、三木金物のシンボルとして長きにわたり活躍してきました。
  平成18年3月には初めてドイツ、ケルンの国際ハードウェアメッセにおいて展示され、ヨーロッパにその雄姿を披露しました。

  金物鷲は鋼鉄の枠に藁を巻きつけた本体に、約8時間をかけて1本1本刃物を突き刺しての組み立ては熟練を要し、安全上から3〜4日の限られた時間での展示、広いスペースの確保、費用もかかる事から披露回数も限られてきました。
  しかし、その魅力、鷲の如く世界に羽ばたく三木金物のシンボルとしての存在は不滅であり、三木金物と同じく末長くその魅力を伝えてくれる事と思います。


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昭和27年 三木金物見本市
   
第二回 三木金物見本市
   

第四回 三木金物振興展
     

昭和34年 三木金物振興展
     
京都 金物荒物日用雑貨見本市
   
東京高島屋 兵庫の物産と観光展
   
2006年 ケルン国際ハードウェアメッセ
   


昭和天皇御観覧



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