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2021.12.02金物鷲ページを更新しました

三木金物のシンボルの金物鷲、その起源は昭和8年にさかのぼる。

昭和7年に三木町(現三木市)が大水害に見舞われ、美嚢川も氾濫し大きな被害をうけました。昭和8年に町が水害による町民の沈んだ気運を盛り上げる為に、地区、個人から色んなアイデアを募集し、その中に神町から金物鷲(当時の呼び名は不明)の提案があったと伝えられています。三木音頭、三木小唄の起源もその頃とされています。

 

そして昭和27年、三木金物見本市(のちの金物振興展、現在の金物まつり)において包丁鍛冶の鈴木信次氏(三寿ゞ刃物製作所)を中心に卸組合、兵庫県工業技術センターの技術者により昭和8年のモデルを基に初代金物鷲が製作されました。

見本市は昭和27年10月15日から5日間、三樹小学校講堂をメイン会場として開催され、当時のお金で150万円を投じた大掛かりなものでした。

商社、メーカー88軒から出品された三木金物は創意工夫された飾りつけで展示され、中でも正面舞台に飾られた金物鷲は、そのあまりにもの美しさに見物客をうならせたそうです。北海道から九州までの金物業者452人を招待し、金物見本市、三木の秋祭り、松茸山での松茸狩り、松茸料理で山の宴は三木の情緒をふんだんに味わっていただき、昼間は打ち上げ花火、夜は仕掛け花火と秋祭りの屋台太鼓の乱舞のうちに商談も順調に進んだと記されてます(1977三木商工名鑑より)。

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